楽譜のコピーと学校の著作権指導
 楽譜のコピーについて考えています
 学校の先生に向けて話す課題としてどのような内容にするか非常に悩んでいます。
 現在、著作権に関する指導を実施する学校が増えていて、そのための教材も充実してきていますが、果たしてこのままでよいのかどうか疑問なのです。

 著作権指導となると、どうしても著作権法を理解させることになりがちです。
ところが法律に注意を向けてしまうと、難しい法律解釈に突き当たり、生徒達に教えられないという結論に行き着きます。
 ではモラル重視でゆこうとすると、「ならば学校はモラルに従って判断しているのか」という疑問にさらされるおそれがあります。
 たとえば楽譜の問題がそれです。

 楽譜の著作権者は作詞家と作曲家です。
 合唱や演奏のために関係者に配布するための楽譜をコピーする際には、著作権者から許諾を取らなければなりません。
 学校の授業として使用するのならOKという考え方が一般的ではありますが、これに関する著作権法35条をみると、

第三十五条  学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

問題は後半の但し書きです。
「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」


つまり、授業目的なら無許諾でコピーしてよいとは言い切れないのです。
JASRACの考え方では、1冊1曲で販売されている場合はコピーしてはならないのだ、ということのようです。
私もそうあるべきと思います。
しかし、1冊に10曲のせてあって、そのうちの1曲だけをコピーするのならOKだということのようです。
今の私の考えでは、この部分においてJASRACと異なります。

楽譜1冊に10曲が掲載されていたとして、その10曲全部を使用することは現実に少なく、通常は1曲か、せいぜい2,3曲だろうと思います。
つまり楽譜は最初から前頁が使用される想定では売られていないのです。しかし印刷コストを考えると1冊10曲にした方がニーズに合いやすいのでそうしたまでだと思われますから、1曲だけだからコピーOKということにはならないと考えます。

著作権法35条のことだけでも、このとおり深い問題を秘めていて、「ルールを守りましょう」というスローガンではとても済まされないテーマなのですが、もっと難しいのは楽譜出版社の立場です。

楽譜出版社はメロディを創作しているわけではないという意味で、「著作者ではない」という認識が一般的です。
そうなると楽譜出版社に対しては、楽譜のコピーの際には許諾をとる必要性として著作権法は関係ないという事になります。
ですから実際のところ著作権者に対してはもちろん、楽譜出版社に対する遠慮をしている学校というのはほとんどないのだと想像します。

(これについては情報を募集しています。私がたずねた範囲では無許諾コピーがほとんどです。)
もしそうなら、著作権法で保護されていないのだから、楽譜出版社に無断でコピーしてもよいのだ、という考え方で学校は判断しているという事になりましょう。
そこがモラル教育と矛盾する部分です。

楽譜は値段が高いと言われていますが、値段が高い理由の一つしてコピーがあります。
誰かが1冊だけ購入してそれをコピーするのだから売上はのびません。
出版部数が少なければ当然印刷単価が高くなるのは当然です。
こうなると出版社は売れ筋の楽譜を複数束にして高額で販売することになります。
出版業界の苦しい事情については日本楽譜出版協会の方などから聞きました。
普通の書籍と楽譜とは事情が異なるのですが、法律的には同じ扱いを受けているのです。
しかもこの場合、誰が一番損をしているかというと、それは本を購入した人、ということになります。
この世の中は、「公正」を重んじる世の中のはずですから、けなげに本を買った人が一番を損をするという状態は良くないことであり、適正な状況に是正しなければならないはずです。
つまりモラルとして考えた場合、市販の楽譜をコピーしてはならないと私は思います。

ところが著作権指導を実施している学校の中で、楽譜を一切コピーしていないと胸を張って主張できる学校が割合としてどの程度存在しているのでしょうか。
ここで学校としては「法律主義」でゆくのか「モラル」でゆくのか、選択を迫られることになります。
法律主義でゆくなら、法律だけでは足りないので判例や学説もくまなく調べ、これらのことを生徒に徹底させることになりますが、それが果たして学校教育で必要なこと、実施可能なことなのでしょうか。
また「モラル主義」でゆくのなら、学校は実際にモラルで判断するという前提を持たなければなりません。
このような問題を棚上げにしたまま著作権指導が行われているなら、これはそのうち問題が生じると危惧しています。

私は選択肢はひとつだと思います。
法律に執着するよりも、モラルとして判断し、その判断を堂々と主張し実践することです。
法律理論を並べ立てることよりも、人を納得させることができる説得力、さらには日頃の行い(信用)を積んで、社会全体の納得を得るようにするしかないのです。

著作権指導が文部科学省の主導で行われることが多いので、どうしても法律主義に傾く傾向があります。
行政は何事も「法律どおり」で考えるのが宿命ですが、教育はまた別の次元の世界ですから、学校が行政の発想に流されてはなりません。
教育者は教育を何よりも優先すべきであって、公務員としての立場は二の次にしてもらわないと世間の納得は得られません。
そういう話を私がしてしまったときに、果たして通用するのか、誤解されるのではないか。
それが私の心配の種なのです。